3.2 ナガスクジラ属の一種Balaenoptera sp.
伏木海上保安部の情報提供による出現状況を以下に示す.
【発見日】2018年7月20日
【発見者】伏木海上保安部
【発見場所】庄川河口沖富山湾
【出現状況】2018年7月20日,巡視船「のりくら」がパトロール中に高岡市伏木沖でクジラを発見した(伏木海上保安部,no date;図1-2,3).発見時間は,午前9時14分頃で,約4分間南南東方向(新湊方面)へゆっくり泳ぎ,最後に潜水し,姿を現すことはなかった.遊泳中に噴気も観察された(図3C,D).クジラは見える部分で約10 mと推測された.発見位置は,北緯36度48.98分,東経137度06.16分で,発見海域の水深は約412~345 mである.クジラの出現海域は庄川河口から富山湾に伸びる海底谷の先端の急に深くなっている海域であるが,クジラが遊泳していた南南東の方向は射水市新湊地域の沿岸にあたり,その海域の水深は110~30 mと浅くなる.
【類似種との比較】今回出現したクジラは,見える体の部分が約10 mであることから,体長は十数mと推測され,二つの噴気孔や体幹からナガクジラ属の一種(Balaenoptera sp.)と考えられる.近年,日本近海で確認され,今回のクジラと類似しているナガクジラ属には,ナガスクジラ(Fin whale,Balaenoptera physalus),ツノシマクジラ(Omura’s Whale,B. omurai),ニタリクジラ(Bryde's whale, B. brydei),カツオクジラ(Eden's whale, B. edeni),イワシクジラ(Sei whale, B. borealis)が挙げられる.その内日本海には,ナガスクジラ,ツノシマクジラ,カツオクジラが知られ,富山湾にはナガスクジラが確認されている(石川,2013).また,日本海と対馬海峡で連絡する東シナ海には,広義のニタリクジラが生息するが(木白,2011),Yamada and Ishikawa(2009)によれば,これらの海域には,カツオクジラ(Eden's whale, B. edeni)が分布し,ここではこの海域のクジラをカツオクジラとして扱う.
今回,富山湾に出現したクジラの背ビレの形状と上述のクジラのそれを比較するため,「世界のクジラ・イルカ百科図鑑」(ベルタ編,2018)の背ビレの記述とインターネット上に公開されている文献等の背ビレの画像(欠損が見られないもの)を参考に,以下に類似種の背ビレの形状を示す.なお,『 』は上述の図鑑の記述を,「 」は文献等の画像から判断した背ビレの形状を示す.ツノシマクジラの背ビレは,『フックした背びれ,直立していて先端は丸い.形には個体差がある 』,マダカスカルの2頭は,「フック型(先端は細長く丸い)」(Cerchio et al., 2015),スリランカの1個体の背ビレは「鎌形」である(de Vos, 2017).イワシクジラの背ビレは『鎌形で高く,直立する』,南極のイワシクジラ1個体の背ビレは「直立した細い鎌形」である(Wildlife images, no date).ニタリクジラでは『背ビレは小さく湾曲する』,タイのニタリクジラ5個体の背ビレは,「先端細く湾曲」が3個体,「フック型」が1個体,「鎌型」が1個体であった(Thongsukdee and Adulyanukosol, no data).ニュージランドのニタリクジラ2個体の背ビレは「鎌形」であった(Wildlife images, no date).カツオクジラでは,西日本の太平洋側と東シナ海のカツオクジラの胸ビレは,38個体中36個体が「鎌型」,1個体が「フック型」,1個体が「ややフック型」であった(木白,2011).ナガスクジラは『鎌形』,オーストラリアの5個体の胸ビレは「鎌形」であった(Wildlife images, no date).
今回富山湾に出現したクジラの背ビレは「フック型」であった(図3A,B).上述のナガスクジラ属の中で背ビレの形状がフック型は,ツノシマクジラに現れ,カツオクジラには少数現れた.
次に吻部背面の特徴を今回の個体とツノシマクジラ,カツオクジラ,さらにカツオクジラと類似するニタリクジラと比較する.カツオクジラとニタリクジラには吻部背面に3本の稜(中央に1本及び左右両側にそれぞれ1本)があり,ツノシマクジラには1本(中央のみ)存在する(Yamada,2009;Yamada and Ishikawa,2009).今回の個体の吻部背面には中央に稜が1本存在し,左側には稜は存在しないように見えることから(図3E),稜は中央の1本だけ存在し,本個体の吻部背面はツノシマクジラの特徴を示すと思われる.
以上のように,吻部背面の稜の有無,尾ビレの形状,日本海での分布から,今回の個体はツノシマクジラの可能性が考えられる.